2018/19 FISスキージャンプワールドカップ男子個人第28戦プラニツァ

小林陵侑 圧巻の252.0mで史上空前のシーズンに幕

2019年3月24日(日) プラニツァ(SLO)HS240/K200

37th World Cup Competition 

 小林 陵侑(土屋ホーム) 464.9pt  252.0m  230.5m
 ドメン・プレヴツ(SLO)  444.0pt  239.5m  222.5m
 マルクス・アイゼンビヒラー(GER)  442.5pt  227.0m  235.0m
 
14  佐藤 幸椰(雪印メグミルク)  400.3pt  230.5m  216.5m
15  小林 潤志郎(雪印メグミルク)  399.4pt  228.5m  211.5m
21  伊東 大貴(雪印メグミルク)  370.8pt  213.0m 212.0m

オフィシャル リザルト


 

シーズン最後の試合で小林陵侑がやるべきことはたった1つ。
それはマルクス・アイゼンビヒラーに勝つことだった。
最後に残された二つの個人タイトルー プラニツァ7とフライング総合 -をアイゼンビヒラーと争っていたから。

 

そして陵侑は、1本目のジャンプでその争いにけりをつけた。
とんでもない高さで踏切り、グイグイと進んだ先は圧巻の252.0m。
ヒルレコードを0.5m更新し、2日前に自らが打ち立てたナショナルレコードを4.0mも更新した。
まさに今季の陵侑の集大成ともいえる姿がそこにあった。

 

このスーパージャンプでアイザイは23.1pもの差をつけられてしまい、今季、陵侑から何度味あわされてきたかわからない無力感をここでもまた受け入れざるを得なかった。
その意味からも今季を象徴するような試合だったのかもしれない。

 


 

正直、戸惑っている。
ワールドカップで勝つのって、こんなに簡単だったっけ?
ジャンプ週間で勝つのって、こんなに簡単だったっけ?
いったい何を見せられているのか。これは現実に起こっていることなのか。

2018/19 男子個人第10戦インスブルック

 

小林陵侑がWCで初優勝を遂げたのは2018年11月24日
我々が目にした夢か現(うつつ)か…ともいえる事象は全てそこから僅か4ヶ月の間の出来事。
世界的にはほぼ無名に近かったともいえる22歳の日本人が、空前絶後ともいえる数々の偉業をなし遂げることなど、シーズンが始まる前に誰が想像できただろう。

 

小林陵侑が今季成し遂げたこと
ワールドカップ総合優勝 40年の歴史で日本人初
ジャンプ週間総合優勝 日本人として船木和喜以来22年ぶり
ジャンプ週間グランドスラム 67年の歴史で3人目(ハンナバルト、ストッフ)
シーズン13勝 プレヴツ15勝に次ぎシュリーリと並ぶ史上2位タイ
シーズン表彰21回 プレヴツ22回に次ぎ史上2位
シーズン獲得ポイント2085pt プレヴツ2303ptに次ぎ史上2位
シーズン6連勝 史上最多タイ(他4名)
飛距離日本最長記録 プラニツァにおける252.0m
全個人タイトル獲得 全5タイトル

 

1979/80シーズンに始まり40年の歴史を数えるスキージャンプ・ワールドカップで日本人の総合優勝は初。
過去には船木和喜が1997/98に総合2位、1996/97に総合3位、そして葛西紀明が1992/93と1998/99に総合3位になっているが、遂にその壁を破り日本人選手が頂点に上り詰めた。

 

日本人選手の総合成績3位以内
1992/93 総合3位 葛西紀明
1996/97 総合3位 船木和喜
1997/98 総合2位 船木和喜
1998/99 総合3位 葛西紀明
2018/19 総合優勝 小林陵侑

 

シーズンを通じて強さを維持し続けた。
シングルを逃したのは僅か1戦。
ジャンプ週間全勝を含む破竹の6連勝の後に勝てない試合が5戦続いたが、大崩れすることは無かった。
なぜこれほどまでの強さを誇ることができたのかは解説者でも評論家でもないのでわからない。いや、解説者でも評論家でもわからないのかもしれない。月並みな言い方しかできないが、心技体の全てがライバルたちを凌駕していた。

 

個人的に最も興奮させられたのがジャンプ週間のグランドスラム。
67回の歴史の中で全勝優勝を果たしたのは2001/02スヴェン・ハンナバルトと2017/18カミル・ストッフに続く史上三人目。
3連勝で完全優勝に王手をかけたにもかかわらず4戦目を落としてしまった選手は過去に7人。その中に1971/72笠谷幸生と1997/98船木和喜がいるが、日本人として初めてこの壁をぶち破った。
4戦目の1本目で4位となったときは、さすがにグランドスラムは一筋縄にはいかないと思い知らされたが、2本目で稀代の勝負強さを発揮し偉業を成し遂げた。
この試合が今季の個人的ベストゲーム。

 

さて、圧倒的な陵侑のシーズンではあったが優勝者は11名。
そのうち6名が初優勝者。(クリモフ、陵侑、ガイガー、クバツキ、ザイツ、アイゼンビヒラー)

 

シーズン別 優勝者数
2011/12 2012/13 2013/14 2014/15 2015/16 2016/17 2017/18 2018/19
9人 11人 14人 13人 10人 9人 11人 11人

 

1勝しか挙げられず総合7位ではあったけれど、今シーズンのもう一人の主役はマルクス・アイゼンビヒラーだったように思う。
総合2位のクラフトや3位のストッフよりも陵侑と直接的な優勝争いを演じることが多く、実質的に陵侑にとっての最大のライバルだったことが彼を主役の位置に押し上げた。

 

今季、アイザイが2位になったのは4回。その全てで上を見れば陵侑がいた。
しかもそのうちの3回はかなりの僅差で。

 

アイザイの初優勝はシーズンの最終盤でのことだったけれど、その時に2位に従えたのが陵侑だったこともドラマチックだった。
ジャンプ週間、プラニツァ7、フライング総合で直接対決を演じた二人。もしアイザイがジャンプ週間の初戦を獲っていたら今シーズンは全く違った展開となっていたはずだ。

 

ワールドカップ 総合順位 (全順位
1 小林 陵侑(JPN) 2085 13勝
2 シュテファン・クラフト(AUT) 1349 4勝
3 カミル・ストッフ(POL) 1288 2勝
4 ピオトル・ジワ(POL) 1131 最高位2位
5 ダヴィド・クバツキ(POL) 988 1勝
6 ロベルト・ヨハンソン(NOR) 974 1勝
7 マルクス・アイゼンビヒラー(GER) 937 1勝
8 ヨハン-アンドレ・フォルファング(NOR) 892 1勝
9 ティミ・ザイツ(SLO) 833 1勝
10 カール・ガイガー(GER) 765 2勝
12 エフゲニー・クリモフ(RUS) 592 1勝
13 ドメン・プレヴツ(SLO) 542 1勝
19 小林 潤志郎(JPN) 335 最高位5位
23 佐藤 幸椰(JPN) 316 最高位3位
32 伊東 大貴(JPN) 145 最高位12位
37 葛西 紀明(JPN) 88 最高位7位
39 中村 直幹(JPN) 72 最高位14位
56 佐藤 慧一(JPN) 13 最高位23位
61 竹内 択(JPN) 9 最高位22位

 

ワールドカップ個人戦 大会別優勝者 
1 ヴィスワ LH エフゲニー・クリモフ(RUS)
2 ルカ LH 小林 陵侑(JPN)
3 ルカ LH 小林 陵侑(JPN)
4 ニジニ・タギル LH ヨハン-アンドレ・フォルファング(NOR)
5 ニジニ・タギル LH 小林 陵侑(JPN)
  ティティゼーーノイシュタット LH Cancel
6 エンゲルベルク LH カール・ガイガー(GER)
7 エンゲルベルク LH 小林 陵侑(JPN)
8 オーベルストドルフ LH 小林 陵侑(JPN)
9 ガルミッシューパルテンキルヘン LH 小林 陵侑(JPN)
10 インスブルック LH 小林 陵侑(JPN)
11 ビショフスホーフェン LH 小林 陵侑(JPN)
12 バルディフィエンメ LH 小林 陵侑(JPN)
13 バルディフィエンメ LH ダヴィド・クバツキ(POL)
14 ザコパネ LH シュテファン・クラフト(AUT)
15 札幌 LH シュテファン・クラフト(AUT)
16 札幌 LH シュテファン・クラフト(AUT)
17 オーベルストドルフ FH ティミ・ザイツ(SLO)
18 オーベルストドルフ FH 小林 陵侑(JPN)
19 オーベルストドルフ FH カミル・ストッフ(POL)
20 ラハティ LH カミル・ストッフ(POL)
21 ヴィリンゲン LH カール・ガイガー(GER)
22 ヴィリンゲン LH 小林 陵侑(JPN)
23 オスロ LH ロベルト・ヨハンソン(NOR)
24 リレハンメル LH シュテファン・クラフト(AUT)
25 トロンハイム LH 小林 陵侑(JPN)
26 ヴィケルスン FH ドメン・プレヴツ(SLO)
27 プラニツァ FH マルクス・アイゼンビヒラー(GER)
28 プラニツァ FH 小林 陵侑(JPN)

 

4Hills・トーナメント 総合順位 (全順位
1 小林 陵侑(JPN) 1098.0
2 マルクス・アイゼンビヒラー(GER) 1035.9
3 シュテファン・ライエ(GER) 1014.1
4 ダヴィド・クバツキ(POL) 1010.8
5 ロマン・コウデルカ(CZE) 1006.3
12 佐藤 幸椰(JPN) 947.4
21 伊東 大貴(JPN) 811.1
25 小林 潤志郎(JPN) 746.9
32 中村 直幹(JPN) 639.0
42 葛西 紀明(JPN) 305.7

 

Willingen 5 総合順位 (全順位
1 小林 陵侑(JPN) 737.5
2 ピオトル・ジワ(POL) 708.6
3 カール・ガイガー(GER) 708.0
4 カミル・ストッフ(POL) 697.4
5 ダヴィド・クバツキ(POL) 685.7
16 小林 潤志郎(JPN) 628.6
20 伊東 大貴(JPN) 607.9
32 佐藤 幸椰(JPN) 448.1
39 葛西 紀明(JPN) 320.4
53 中村 直幹(JPN) 98.3

 

RAW AIR トーナメント 総合順位 (全順位
1 小林 陵侑(JPN) 2461.5
2 シュテファン・クラフト(AUT) 2458.6
3 ロベルト・ヨハンソン(NOR) 2351.6
4 マルクス・アイゼンビヒラー(GER) 2296.8
5 ヨハン-アンドレ・フォルファング(NOR) 2265.3
13 佐藤 幸椰(JPN) 2106.0
19 小林 潤志郎(JPN) 1932.5
31 中村 直幹(JPN) 1401.2
40 伊東 大貴(JPN) 893.6
42 葛西 紀明(JPN) 873.6

 

Planica Seven  総合順位 (全順位
1 小林 陵侑(JPN) 1601.3
2 マルクス・アイゼンビヒラー(GER) 1572.1
3 ティミ・ザイツ(SLO) 1513.5
4 ピオトル・ジワ(POL) 1507.4
5 ドメン・プレヴツ(SLO) 1499.8
13 小林 潤志郎(JPN) 1379.7
20 佐藤 幸椰(JPN) 1306.2
27 伊東 大貴(JPN) 911.1
28 葛西 紀明(JPN) 909.1
32 中村 直幹(JPN) 533.4

 

Ski Flying 総合順位 (全順位
1 小林 陵侑(JPN) 407
2 マルクス・アイゼンビヒラー(GER) 371
3 ピオトル・ジワ(POL) 289
4 ドメン・プレヴツ(SLO) 271
5 ダヴィド・クバツキ(POL) 251
17 佐藤 幸椰(JPN) 79
23 小林 潤志郎(JPN) 57
26 葛西 紀明(JPN) 48
31 伊東 大貴(JPN) 29
42 中村 直幹(JPN) 5

 

団体戦 大会別優勝国 
1 ヴィスワ LH ポーランド 日本4位
  ティティゼー-ノイシュタット LH Cancel  
2 ザコパネ LH ドイツ 日本5位
3 ラハティ LH オーストリア 日本3位
4 ヴィリンゲン LH ポーランド 日本5位
5 オスロ LH ノルウェー 日本2位
6 ヴィケルスン FH スロベニア 日本5位
7 プラニツァ FH ポーランド 日本5位

 

ネイションズ・カップ 総合順位 (全順位
1 ポーランド 6083
2 ドイツ 5650
3 日本 4813
4 オーストリア 4530
5 ノルウェー 3943

 

日本勢にとっては「世代交代」を感じさせるシーズンだった。
開幕メンバーは、小林潤志郎、小林陵侑、葛西紀明、竹内択、中村直幹、伊東大貴の6名で、12月初旬に成績下位の1名と佐藤幸椰を入れ替える旨が事前に発表されていた。

 

外れたのは5試合でノーポイントかつ予選落ち1回だった竹内択。
代わって参戦した佐藤幸椰は最初の試合でポイントを獲り、その後もコンスタントにポイントを獲り続けたばかりかザコパネでは自身初の表彰台をゲットした。
完全にチームの主軸となり、団体戦の1番手としてチームに勢いをつける役割を見事に果たしたことも印象深い。
これまで日本チームを支えてきた竹内が外れ代わって幸椰が加わったことは、まさに「世代交代」の象徴だった。

 

竹内と同じく最初の5試合でノーポイントかつ予選落ち1回だった葛西紀明は、竹内よりも多少成績が良かったことでかろうじて生き残った。
札幌大会で7位となり会場を沸かせたことはさすがだったが、結局シングルはこの1戦のみ。全部で4度の予選落ちを喫し、ポイントを獲得できたのは7試合のみ。得意のフラインクでも起死回生とはならず、5シーズン続いていたフライング総合でのシングルにも全く手が届かなかった。
世界選手権にも選ばれず、プラニツァの最終戦にも出場できなかった。総合37位は2011/12の51位に次ぐワースト2位。
でも、そこから不死鳥の如く蘇った実績がある。再びそうなることを願うばかりだ。

 

プラニツァにて伊東大貴は「自分としては限界かなと思っている。所属先と話す」と引退を示唆するコメントを発した。
コンスタントにポイントを獲り続けはしたが最高位は12位。「飛ぶことは可能だが、自分の目指しているものとは…」
大貴はこのようなネガティブなコメントを発することがままあるが、今度ばかりは覚悟を持って見守らねばならないかなと思っている。

 

小林潤志郎は昨季の輝かしい成績に比べると少し寂しい結果となってしまったが、ガル-パルで5位、リレハンメルで6位と2度のシングル入りなど随所で光るものを見せた。特にリレハンメル予選での陵侑を従えての兄弟ワンツーは強烈なインパクトがあった。
見事に開幕メンバー入りを果たしシーズンを通じてチームに定着した中村直幹は、序盤は怖いもの知らずの勢いが魅力だったが、徐々にWCの凄さに飲み込まれて行ってしまった。終盤でまた持ち直したが、今季の経験が今後に活きることを期待したい。

 

今季は夏に発表された「派遣選考基準」に従い選手選考が行われた。
今までベールに包まれていた選考基準が明確に示されたという点は大いに評価したいところではあるが、既得権が重視され新規参入者にとっては厳しい基準になってしまっている。
この基準が来季も適用されるとすれば、来季の開幕メンバーは小林陵侑、小林潤志郎、佐藤幸椰、伊東大貴、葛西紀明、中村直幹、佐藤慧一、竹内択と全日本選手権LHの勝者から選ばれることになる。