スキージャンプFISワールドカップ2022/23女子個人第26戦ラハティ【シーズン総括】

伊藤有希が最終戦を勝利で飾り「まだ夢が続いている感じ」 ピンケルニッヒは初戴冠

2023年3月24日(金) ラハティ(FIN)HS130/K116

29th World Cup Competition

1  伊藤 有希(土屋ホームスキー部) 238.8pt
2  アンナ-オディヌ・ストローム(NOR) 237.6pt
3  カタリナ・アルトハウス(GER) 236.9pt
 
11  高梨 沙羅(クラレ) 222.9pt
13  丸山 希(北野建設SC) 220.9pt
22  勢藤 優花(YAMAtune) 199.9pt

リザルト


リレハンメルでの失格に端を発した伊藤有希の信じられないようなストーリーにはまだ続きがあった。

その失格により熱望していたフライング出場の夢が絶たれたかに見えたが、多くの人たちの尽力により出場が叶い、更には表彰台も見事に射止めた。
それから1週間。今度は劇的な逆転勝利でシーズンを締めくくることになった。

ラージヒルとしては初開催となる女子ラハティ。
この台にしては驚くほど穏やかな天候でごく緩い向かい風の中で試合は進んだ。

伊藤有希の1本目はトップと12.7pt差の7位。2本目は直前に飛んだストロームの123.5mのバッケンレコードに次ぐ123.0mまで飛距離を伸ばした。いつも通りに着地も決めカレントリーダーに。
でも残るはオプセット、ルティト、クリネツ、ピンケルニッヒ、クバンダル、アルトハウスの名うての6人。「まさか勝てるとは思わなかった」と、本人だけでなく誰もが思った。

でも、ここからラハティらしさが顔を出し始める。
穏やかだった天候は追い風に変わり、加えてみぞれ混じりの雪が降り始めおそらくはレーンのコンディションを悪化させた。

天をも味方に付けた伊藤有希は6人の選手をことごとく退け勝利した。
本当に勝てるとは思っていなかったようで、祝福に駆け付けた選手たちとハグを交わしながらも自らの勝利にしばらく気が付かなかったほどだ。

「まだ夢が続いている感じ」と声を弾ませ笑顔で締めくくることができた最終戦。
今季2勝目。通算7勝目。
今季以外の5つの勝利は全て2016/17シーズンに挙げたものだが、そのシーズンも最終戦で勝利を収めている。

2022/23シーズン総括

史上最多となる個人戦26試合が開催され、優勝者も史上最多の8人。
群雄割拠の今シーズンで強い輝きを放ち続け初の総合優勝に輝いたのはエバ・ピンケルニッヒだった。

シーズン別勝利者数

11/12
(13)
12/13
(16)
13/14
(18)
14/15
(13)
15/16
(17)
16/17
(19)
17/18
(15)
18/19
(24)
19/20
(16)
20/21
(13)
21/22
(19)
22/23
(26)
4 6 3 4 3 4 4 6 5 4 7 8

 ※ ( )は実施試合数。

ワールドカップ最終順位

順位 Name ポイント 最高位 昨季順位
1  エバ・ピンケルニッヒ(AUT) 1662 6勝 (15)
2  カタリナ・アルトハウス(GER) 1497 7勝 (4)
3  エマ・クリネツ(SLO) 1281 1勝 (7)
4  アンナ-オディヌ・ストローム(NOR) 1278 3勝 (17)
5  セリーナ・フライターク(GER) 958 2位 (28)
6  キアラ・クロイツァー(AUT) 924 2勝 (18)
7  シリエ・オプセット(NOR) 837 4勝 (6)
8  伊藤 有希(JPN) 766 2勝 (8)
9  ニカ・クリジュナル(SLO) 741 3位 (2)
10  高梨 沙羅(JPN) 674 3位 (5)
12  丸山 希(JPN) 574 2位 (-)
13  アレクサンドリア・ルティト(CAN) 547 1勝 (-)
17  勢藤 優花(JPN) 437 9位 (21)
35  宮嶋 林湖(JPN) 111 9位 (-)
48  中山 和(JPN) 16 23位 (-)
51  一戸 くる実(JPN) 6 25位 (-)
55  小林 諭果(JPN) 5 26位 (-)
57  岩佐 明香(JPN) 4 27位 (43)

ワールドカップ総合順位

大会別優勝者

1 ヴィスワ LH  S.オプセット(NOR)
2 ヴィスワ LH  E.ピンケルニッヒ(AUT)
3 リレハンメル NH  K.アルトハウス(GER)
4 リレハンメル LH  S.オプセット(NOR)
5 ティティゼー‐ノイシュタット LH  K.アルトハウス(GER)
6 フィラハ NH  E.ピンケルニッヒ(AUT)
7 フィラハ NH  E.ピンケルニッヒ(AUT)
8 リュブノ NH  A-O.ストローム(NOR)
9 リュブノ NH  E.ピンケルニッヒ(AUT)
10 札幌 LH  K.アルトハウス(GER)
11 札幌 LH  S.オプセット(NOR)
12 蔵王 NH  A.ルティト(CAN)
13 蔵王 NH  E.ピンケルニッヒ(AUT)
14 ヒンターツァルテン LH  K.アルトハウス(GER)
15 ヒンターツァルテン LH  A-O.ストローム(NOR)
16 ヴィリンゲン LH  K.アルトハウス(GER)
17 ヴィリンゲン LH  伊藤 有希(JPN)
18 ヒンツェンバッハ NH  E.ピンケルニッヒ(AUT)
19 ヒンツェンバッハ NH  C.クロイツァー(AUT)
20 ルシュノフ NH  K.アルトハウス(GER)
21 ルシュノフ NH  A-O.ストローム(NOR)
22 オスロ LH  C.クロイツァー(AUT)
23 オスロ LH  E.クリネツ(SLO)
24 リレハンメル LH  S.オプセット(NOR)
25 リレハンメル LH  K.アルトハウス(GER)
26 ラハティ LH  伊藤 有希(JPN)
 
ヴィケルスン FH  E.クリネツ(SLO)

才能の全貌を披露したピンケルニッヒ

34歳のピンケルニッヒは時としてベテランと称される。でもそれには違和感を覚える。
ピンケルニッヒは、元はアルペンの選手でジャンプに転向したのは24歳の時。国際大会のデビューは2014年のFISカップで当時26歳。同年にWCデビューを果たしている。
子供の頃にジャンプを始め10代のうちにWCにデビューする女子選手たちの中にあって、年齢の割にむしろキャリアは決して長くない。

2019/20に3勝を挙げ総合3位となったが、翌シーズンの開幕直前の練習中に転倒し脾臓を痛める大怪我を負ったことで欠場を余儀なくされた。
2021年2月の復帰戦で7位になるなど、その後もトップ10圏内には入っていたものの表彰台からは遠ざかっていた。

それが今シーズン初めから完全復活を遂げた。
6勝を挙げ、それを含む18回の表彰台。復活というよりは、その底知れぬ才能の全貌を初めて披露したシーズンだったといってよい。
特に開幕からシーズン折り返しまでの13戦においては第5戦を除いて全て表彰台に立ち続ける無双ぶり。シーズンワーストは2度の13位だったが、その次の試合では何事もなかったかのように表彰台に立つ。すぐに修正して大きく崩れるということは一度もなかった。

派手な雄たけびで勝利の喜びを表すがライバルの勝利も同じ笑顔で祝福する。成績が思わしくないときでも落ち込んだり不機嫌になったりという表情は決して見せない。
こうした人間性は一朝一夕では培われるものではない。その点に関してはベテランと呼ぶにふさわしい。

主役の座を競ったアルトハウス

今シーズンのもう一人の主役だったアルトハウス。
全体の完成度としてはピンケルニッヒを上回っていたと思うし、実際、勝利数ではピンケルニッヒの6勝より一つ多い7勝を挙げた。ただ若干の取りこぼしがありそれが響いたか。

過去に2度の総合2位がある。いずれも無双するマーレン・ルンビに屈した。
今シーズンはピンケルニッヒを最終盤で追い詰め、勝機もあったものの3度目の正直とはならなかった。
シーズン7勝は自己ベスト。世界選手権では金メダルも獲った。総合優勝はまたもお預けとなってしまったが、本人の満足度はいかほどだろうか。

予想がつかない面白さがあったシーズン

シーズンは、ピンケルニッヒとアルトハウスのマッチレースの様相を呈したが、初優勝二人を含む8人の優勝者が誕生したことからもわかる通り、誰が勝つか、だれが表彰台に上がるのかの予想は意外と難しいシーズンだったように思う。

伊藤有希とクロイツァーの優勝-しかも2回も!-は正直言って予想できなかったし、1年半ぶりに戻ってきたルンビが、その恐るべき調整力で世界選手権で銀メダルを獲るまでに復活してくることも予想できなかった。

いずれ勝つとは思ってはいたけれどストレイトを出し抜いてルティトがカナダの女子選手として初のWC優勝を今季中に果たすとも思っていなかったし、これもいずれ勝つとは思っていたけれどストロームが初優勝を含む3つの勝利を挙げるとも思っていなかった。

昨季の総合優勝者クラマー、2位のクリジュナル、3位ボガタイが一度も勝利を挙げることなく終わるなんてことも予想できなかったし、そのボガタイが大怪我を負いシーズンを途中で終了するばかりか、引退か? とも言われるようになるなど全くの予想外だった。

スロベニア勢の勝利は7度の2位の末にようやく掴んだクリネツの1勝で終わることも予想外だったし、開幕当初は兄譲りの高いところからドスンと落ちる飛行曲線でリスキーさが目立っていたフライタークが、試合を重ねるごとに洗練されていってドイツ勢としてはアルトハウスに次ぐ総合5位となることも予想できなかった。

怪我明け、かつ飛びすぎるがゆえにコーチリクエストを頻発せざるを得なかったクバンダル、出場12戦目での初表彰台となったミュールバッハの活躍は、予想外ではなかったものの驚きに満ちていたし、ラウティオンアホにはフィンランドの将来を担うであろう成長が感じられた。

そして、夢かと見まごうチームJAPANの表彰台独占-

総合優勝争いに絡んでくるであろう選手に期待通りの活躍を見せられなかった者がいる一方で、予想外の活躍を見せた選手たちがいた。主役はピンケルニッヒとアルトハウスだったかもしれないが、時としてそれ以上に魅力的なバイプレーヤーたちが次々と現れた。
女子ジャンプ全体のレベルが上がったと言われて久しいが、今シーズンは初めて「成熟」が感じられたシーズンであったように思う。

その他のシーズンタイトル

ジルベスター・ツアー最終順位

1  E.ピンケルニッヒ(AUT) 1030.3pt
2  A-O.ストローム(NOR) -26.3
3  N.クリジュナル(SLO) -50.0
4  S.フライターク(GER) -57.5
5  K.アルトハウス(GER) -59.4
9  高梨 沙羅(JPN) -86.5
15  丸山 希(JPN) -125.4
16  伊藤 有希(JPN) -133.9
19  勢藤 優花(JPN) -141.3
31  宮嶋 林湖(JPN) -410.9

Silvester総合順位

RAW AIR 総合順位

1  E.クリネツ(SLO) 1859.6
2  K.アルトハウス(GER) -88.1
3  S.フライターク(GER) -155.3
4  S.オプセット(NOR) -176.3
5  N.クリジュナル(SLO) -206.1
12  伊藤 有希(JPN) -366.3
17  丸山 希(JPN) -704.4
20  勢藤 優花(JPN) -708.9
31  宮嶋 林湖(JPN) -1132.5
34  高梨 沙羅(JPN) -1215.2
39  一戸 くる実(JPN) -1334.3

RAWAIR総合

団体戦 大会別優勝国

1  ティティゼーーノイシュタット Mixed Team LH  オーストリア 日本5位
2  蔵王 Super Team NH  オーストリア 日本6位
3  ヴィリンゲン Mixed Team LH  ノルウェー 日本4位

ネイションズカップ総合順位

1  オーストリア 4154
2  ドイツ -250
3  ノルウェー -434
4  スロベニア -970
5  日本 -1266

国別総合順位

チームJAPANの戦い

今シーズンの最大のトピックは、やはり第17戦ヴィリンゲンでの日本女子初の表彰台独占だろう。
これまで200戦ほど行われてきたWC個人戦においてドイツとスロベニアが1度ずつしか達成していない大偉業。全体的に厳しい状況にあったチームJAPANの前半戦からすれば、こんなことが起こるとは全く予想できなかった。

その中心にいたのが伊藤有希であったことが何よりも感慨深い。
チームメートを思う気持ち、日本のスキージャンプ界を思う気持ちを誰よりも強く持ち日本女子ジャンプ界を支え続けてきた。
そうした思いと行いが報われてほしいと心から願っていたので、この勝利は今まで見てきたどの選手の勝利よりも格別のものに感じられる。

この試合然り、女子史上初のフライング戦にまつわる信じられない顛末然り。今シーズンの女子ジャンプを語るうえで、伊藤有希の数々のエピソードを抜きにすることはできないだろう。
ひょっとするとピンケルニッヒやアルトハウスよりも、より強く印象を残したのは伊藤有希だったのかもしれない。

表彰台独占の立役者の一人である丸山希は2021年11月の転倒による大怪我からの復帰のシーズンだった。
表彰台独占は同時に丸山にとってのWC初表彰台でもあったのだが、全部で2度の表彰台があり、世界選手権ではLHでメダルまであと一歩の4位となった。
総合12位は2020/21の11位には届かなかったが、復帰シーズンとしては上々の成績だったといえる。来季は更に一段高いところで戦うことになるだろう。

これまでに63もの勝利を積み重ねてきた高梨沙羅は、2011/12に女子WCが創設されて以来、初めて未勝利でシーズンを終えることとなった。
チーム全体が前半戦で苦労した大きな要因はマテリアルのルール変更への対応に後手を踏んだためだと思われるが、中でも高梨はスラットナーのフラットスキーが使えなくなったことでかなり苦労した。また、怪我の少ない選手ではあるが世界選手権の期間中にけがを負い、一時戦列を離れたりもした。

表彰台独占も含めて表彰台も3位が2度あるだけ。これまでは悪くても4位だった総合順位はワーストを大きく更新してしまい10位。
ただ、来季に向けての前向きな発言も聞かれるなど、あまり悲壮感は見られない。
そもそも11シーズンにも渡って毎年勝利を重ねてきたことが、ある意味異常ともいえること。こんなシーズンがあって普通。

勢藤優花は北京オリンピックがあった昨シーズンいっぱいで引退するつもりで所属先の退社の手続を先に済ませていたが、目標を達成出来なかった悔しさから引退はせずに現役を続けることになった。
悩みの境地に陥ってしまう傾向のある選手で今シーズンもインタビューなどで何度か涙を見せた。でも、以前よりも切れや力強さを感じさせる場面もあった。一度引退を決意したからには失うものはないはず。来シーズンは期待していいと思う。

初の開幕メンバー入りを果たしシーズンを通じて戦った宮嶋林湖は、参戦2戦目で早くもシングル入りする非凡さを発揮した。
また、ジュニア世界選手権で4位となったことでシーズンの最終盤の4試合で初の海外派遣を果たした一戸くる実は、海外初ポイント獲得とはならなかったが全試合で予選通過した。

久保田真知子、中山和、櫻井莉子、佐藤柚月、岩崎里胡らは国内で宮嶋、一戸らとしのぎを削ってきた。身近な選手の活躍は刺激になっただろうし、自分たちにもできるはずという自信にもなったことだろう。

毎年同じことを言っているが、SAJにはこうした選手たちが世界を舞台に活動できる機会を、もっと本気で用意して欲しいと切に願う。