スキージャンプの結果を下手な写真でお伝えするブログです

ぶらりシャンツェ探訪2 旧竹鶴シャンツェ(桜ヶ丘シャンツェ)

スポーツを見て泣くことはあっても、映画やドラマでは泣けない私。
けど、「マッサン」の最終回は不覚にも泣いてしまった。
それも号泣と言っていいレベルで。

 

泣いたのは本編ではなく、本編終了後にいつも入る「私たち国際結婚です!」の写真。
見た方はわかると思うけど、最終回のこれにはいつもと違う趣向が凝らしてあった。
なぜだかこれが琴線に触れた。
もう、一気に涙腺が決壊したわ。

 

今まで、「ゲゲゲ」も「じぇじぇじぇ」も、とにかく朝ドラというものはただの一話たりとも見たことが無かった。
でも「マッサン」は別。
制作が決まってから初回放送を指折り数えて待ち続け、スタートしてからも毎回毎回楽しみで仕方が無かった。

 

なぜそこまで?
理由はマッサンのモデルである竹鶴政孝が日本のスキージャンプ発展に多大な功績を残した人だから。
残念ながらドラマの中ではその点に触れられることはなかった。
けど、それでよし。
あれもこれも描き始めると物語の焦点がぼやけるからね。

 

さて、その竹鶴政孝が旧制余市中学校(現在の余市紅志高校)の校長に頼まれて昭和16年に寄贈したのが竹鶴シャンツェ。
元々は桜ヶ丘シャンツェ(30m級)と呼ばれていた。
が、その後、目の前を流れるヌッチ川の改修により、南に200mほどの現在の場所に移設された。

 

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影


移設前の桜ヶ丘シャンツェは、やぐらもランディングバーンもかなり原形を保った形で残されている。

 

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影


最後に、新旧の竹鶴シャンツェ。

 

旧竹鶴シャンツェ

2013年11月16日撮影

 

 

「マッサン」を見始めた6ヵ月前から、私の晩酌の主役はウィスキーに変わった。
もちろんニッカ。
ちなみに我が家では乳製品は雪印メグミルク、入浴剤はバスクリン、クルマはスバルだ。
私の飲んだウィスキーと牛乳が、日本ジャンプ界の強化と発展に少しは寄与していると信じたい。

 

 

ぶらりシャンツェ探訪バックナンバー
第1回 竹鶴シャンツェ、笠谷シャンツェ(こちら

 

 

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