スキージャンプFISコンペティション2022/23女子個人戦ヴィケルスン

史上初の女子フライング戦 クリネツ優勝 伊藤有希は涙の3位表彰台

2023年3月19日(日) ヴィケルスン(NOR)HS240/K200

Flying Competition

1  エマ・クリネツ(SLO) 414.7pt
2  シリエ・オプセット(NOR) 373.7pt
3  伊藤 有希(土屋ホームスキー部) 352.6pt
 
4  カタリナ・アルトハウス(GER) 347.4pt
5  アレクサンドリア・ルティト(CAN) 339.5pt
6  マーレン・ルンビ(NOR) 328.0pt
7  ニカ・クリジュナル(SLO) 320.8pt
8  アビゲイル・ストレイト(CAN) 310.2pt
9  エバ・ピンケルニッヒ(AUT) 303.8pt
10  セリーナ・フライターク(GER) 298.2pt
11  キアラ・クロイツァー(AUT) 270.5pt
12  アンナ-オディヌ・ストローム(NOR) 261.8pt
13  イェニー・ラウティオンアホ(FIN) 248.4pt
14  アンナ・ルプレヒト(GER) 229.6pt
15  ジョセフィーヌ・パニエ(FRA) 214.7pt

トレーニング トライアル リザルト


史上初の女子フライング戦が開催された。

かねてより女子選手たちによって熱望されていたが、その危険性ゆえになかなか実現しなかった女子選手たちにとってはあこがれの舞台だ。
ただしワールドカップとしての開催ではなくRAWAIRの最終戦という形での開催。出場者もRAWAIRリレハンメルまでの成績上位15名に限定された。

土曜の公式練習1本目の最長はルティトとオプセットの186.5m。この時点では一人として200mに届かなかった。
しかし2本目でクリネツが221.0mを飛び壁を破ると3本目ではルティトの222.0mを筆頭にクリネツ221.0m、ルンビ212.5m、そして伊藤有希200.0mと次々と200mジャンパーが誕生。日曜の本戦前の試技では206.5mのオプセットもこれに加わった。

こうして迎えた本戦。歴史に名を刻む最初のフライング優勝者はエマ・クリネツだった。
フライトの最終盤でこれぞフライングというように自らのスピードを揚力に変えスキーが浮き上がる豪快なジャンプを見せた。2位に41ptもの差をつける圧巻の勝利。
公式練習で自らが記録した222.0mを超えて、本戦1本目の226.0mが女子のワールドレコードとして刻まれた。

2位は211.0mと207.0mの2本の200mオーバーを揃えたシリエ・オプセット。
そして3位に伊藤有希 ー

伊藤有希は信じられないようなエピソードに包まれた5日間を過ごした。
4日前のリレハンメル。1本目で規定時間内にスタート出来ず失格となってしまった。
この試合の前まではRAWAIR総合5位に位置しておりフライング戦出場を確実なものとしていた。が、この失格により20位まで順位を下げてしまい出場を逃すことになってしまった。

「五輪で金メダルを獲るのと同じくらい大きな夢だった」
誰よりもフライング戦の開催を熱望していた伊藤有希。
その夢の実現が、あと一歩のところでこんな形で絶たれてしまうなんて。

失意のどん底に落とされた気分だったという伊藤を救ったのはskijumpingfamilyだった。
日本のコーチ陣はテストジャンパーとしてでも飛ぶことができないかと働きかけ、これに対して各国コーチは”参戦”を容認するという満額回答以上の方針を示した。
各国選手たちも署名を集め、各国ファンは#letYukiflyのハッシュタグでこれらを後押しした。

こうした経緯を経て伊藤有希は史上初の15人に加わることが叶った。
超法規的措置ともいえる結末ではあったが、こうなった理由はいくつか考えられる。

1つ目は、15位だったミュールバッハ(AUT)が参戦を辞退したこと。
15人の中では最年少の18歳でWC参戦もまだ16戦のみ。そのあたりが辞退の理由だろう。
これにより参戦枠が一つ空いた。

2つ目は、この試合がワールドカップではなかったこと。
RAWAIRの最終戦ではあることから単なるエキシビジョンではないものの、既に1戦失格となっている伊藤が参戦したところでRAWAIR総合の上位争いには影響がない。

3つ目は、16位から19位の4選手が繰り上げ出場を辞退したらしいこと。
これについては正確なところは分からないのだが、自らのポジションを譲る形で辞退したとされている。
なお、この4選手の中には丸山希と勢藤優花が含まれている。

4つ目は、この試合は、ある程度の結果を見せなければならなかったこと。
誰一人としてK点の200.0mに届かないようなことがあれば、女子フライング反対派や慎重派による「時期尚早」の声が強まりかねない。
できる限り遠くに、かつ、安全に飛べる選手を一人でも多く参戦させたい。伊藤有希はそれにうってつけの選手だった。

賛否両論あるだろう。
上に挙げた4つの理由以上に最後はエモーショナルな部分が決め手になったようにも思える。
繰り上げ出場が誰かの不利益になっては絶対にならないと思うが、そのあたりが実際にはどうだったのかも気になるところではある。

それでも私は、伊藤有希が出場できて本当に良かったと思っている。

2本目を飛び終えると、いつも通りに「ありがとうございます」と日本で応援している人たちに感謝の言葉を伝え、英語で「サンキュー」と続けた。手袋に書かれたメッセージも日本語ではなく英語だった。
この舞台に立てるよう尽力してくれたすべての国の人たちに感謝を伝えたかったのだろう。そして最後は、表彰式で深々と頭を下げた。

各国の選手たちにも、いつも以上に一体感があったように見えた。お互いの健闘を称えあい、そこかしこで抱擁と笑顔が見られた。
表彰台が確定したことを知った伊藤有希は思わず涙が込み上げたが、ルティトとクロイツァーらがすかさず駆け寄り抱き寄せた。2本目を飛び終えた時にはピンケルニッヒからも熱い抱擁を受けていた。

この歴史的一戦に勇気と情熱を持って果敢に選手たちが挑んだことはそれだけで素晴らしい。
でも、この5日間に起こったエピソードの数々は、その素晴らしさを更に昇華させた。
その結果として、この試合は単なるフライング初開催にとどまらない特別な意味を持つ試合となったように思う。

関わった全ての人たちが勝利者だと思える試合。

RAW AIR 総合順位

1  エマ・クリネツ(SLO) 1859.6
2  カタリナ・アルトハウス(GER) -88.1
3  セリーナ・フライターク(GER) -155.3
4  シリエ・オプセット(NOR) -176.3
5  ニカ・クリジュナル(SLO) -206.1
12  伊藤 有希(JPN) -366.3
17  丸山 希(JPN) -704.4
20  勢藤 優花(JPN) -708.9
31  宮嶋 林湖(JPN) -1132.5
34  高梨 沙羅(JPN) -1215.2
39  一戸 くる実(JPN) -1334.3

RAWAIR総合

なお、この試合の結果を受けてRAWAIR総合優勝はエマ・クリネツに決定。
マーレン・ルンビ(2018/192019/20)、ニカ・クリジュナル(2021/22)に続く3人目のチャンピオン。(2020/21は開催中止)