ミラノ・コルティナ オリンピック2026 男子スーパーチーム

新種目でオーストリアが金 大雪によると打ち切りで二階堂蓮の大ジャンプは幻となり日本は6位  

Super Team
  • 2026年2月16日(月)
  • ブレダッツォ ジャンプ競技場
  • HS141/K128

Official Results

オーストリア 568.7pt
ヤン・ヘール
シュテファン・エンバッハ―
ポーランド 547.3pt
パヴェル・ヴァセク
カツペル・トマシアク
ノルウェー 538.0pt
ヨハン-アンドレ・フォルファン
クリストファー-エリクセン・スンダル
 
4 ドイツ 537.7pt
5 スロベニア 536.1pt
6 日本 535.2pt
二階堂 蓮
小林 陵侑
7 スイス 522.1pt
8 USA 520.2pt

リザルト


オリンピックでは初採用となる男子スーパーチーム。
各国2名でチームを組み、3ラウンド計6本で競う。
2ラウンド目に進めるのは上位12チーム。3ラウンド目に進めるのは上位8チーム。

これまでは4人一組の団体戦として行われていたが、4人の選手を揃えられる国が限られるため、このような形式に変更された。
ワールドカップや夏のグランプリでは2022年の初実施からすでに10試合ほどが行われている。

記念すべき最初の金メダルに輝いたのは、ヘールとエンバッハーで組んだオーストリア。
強豪国であるオーストリアは、今大会でここまで男女ともにメダルを取れていなかったが、最終種目でようやく獲得することができた。

銀はヴァセクとトマシアクで組んだポーランド。
19歳のトマシアクは個人ノーマルヒルの銀、個人ラージヒルの銅に続く今大会3つ目のメダル。

銅はフォルファンとスンダルで組んだノルウェー。
スンダルは混合団体の銀に続く今大会2つ目のメダル。
2025世界選手権でのスーツ不正問題からメダルに届いたフォルファンの涙が印象的。

「次こそ金」と個人ラージヒルの後に誓い合った二階堂蓮と小林陵侑の日本は6位だった。

2ラウンド終了時点の順位は、①オーストリア、②ポーランド、③ノルウェー、④ドイツ、⑤スロベニア、そして6位に日本。
上位3チームと日本の差は、1位とは33.5pt差。2位とは12.1pt差。3位とは2.8pt差。
残るは2本のジャンプ。金メダルにはやや遠いいが、銀メダルは十分に狙える位置にあった。

そこで二階堂蓮が138.5mの目覚ましい一発を見せた。
これにより日本は2位に浮上。1位オーストリアとは依然31.5ptの差があったが、3位ノルウェーとは6.5pt差。4位ポーランドとは9.1pt差。
小林陵侑の最後の1本に全てが懸かる、痺れるような展開に持ち込むことに成功した。

が、2組目の8人のうち3名を残して試合は突如終了した。
それまでの好天が嘘のように大粒の雪が激しく降りだし助走路の状態が悪化。ブロアーで吹き飛ばすも追いつかず助走スピードに大きな影響が出た。ランディングバーンの状態も悪く着地にも影響を及ぼし始める。
こうした状況により、試合の公平性と安全性を確保できないと判断されたためだ。

この時、やや情報が錯綜した。
3ラウンドの1組目は全員飛び終わっていたため、そこまでの成績で順位が確定するとテレビの実況・解説も一部の選手たちもそう思ったようだ。
だとすると日本は銀メダルということになる。

が、国際競技規則により、前のラウンドの成績が最終結果となる。つまり、2ラウンド終了時点の順位。
二階堂蓮の138.0mは幻と消え、日本の順位は6位で確定した。

この決定が、またぞろ物議を呼んでいるようだ。
その中には、オリンピックの風物詩ともいえる「日本潰し」という論調も少なくない。
結論から言えば、この決定は “オリンピックという舞台においては仕方のなかったこと” だったというのが個人的な考えだ。

突然の天候悪化のうち、最も問題となったのが助走路に付着した雪。
雪が降り始めてからスタートしたプレヴツは12番ゲートで助走スピード92.5km/h
その二人後でさらに雪が激しくなった中スタートしたトマシアクは、同じゲートで91.4km/h
このレベルの選手が同じゲートで1km/h以上も助走スピードに差が出ることは通常はあり得ない。やはりアプローチの状態がイコールの状態ではなかったと推察できる。

風向風速の状態変化に対する公平性の確保のためには、ポイントを加減点することで不公平を補正するウィンドファクター/ゲートファクターというシステムがある。
一方、アプローチの状態による公平性を確保するための同様のシステムはない。
なので、アプローチ不良の場合は「ブロワーによる雪の除去」か「雪が止むのを待つ」ことでしか公平性を確保できない。

ブロワーでの除去でも公平性を保てないほどの雪だったので、ここでできることは唯一「待つ」ことだけだったと思う。
実際、ワールドカップでも国内戦でも、天候状況の回復を待つために中断をするケースはいくらでもある。それも、5分、10分といった中断ではなく、1時間、2時間といった中断でさえも。

にもかかわらず、トマシアクが飛び終えてから中止が決まったであろう時間までは僅かに3分。判断が早すぎたのではないかという批判もある。
その10分後には雪はほぼ止んでいたことからも、少し待てば最後までできたのではないかという意見もある。なんにしても残りはあと3人だけだったのだから。

しかし、もし「待つ」のであればプレヴツが飛ぶ前であるべきだった。
最後の3人だけ待って、条件が良くなってから飛んだとしたら、悪条件で飛ばされたスロベニア(プレヴツ)とポーランド(トマシアク)が浮かばれない。
だったら、2組目を最初から(少なくともスロベニアから)やり直したらよいのではという意見もあるが、そうなると悪条件の中136.0mのビックジャンプを見せたドイツ(ライムント)が浮かばれない。

結局、どうやっても不公平が生じる。だからこそプレヴツの前で「待つ」べきだった。
ただし、それは後からだから言えること。
運営はその時々で最善の判断をしようとしていたと思う。

ただ、レースディレクターのサンドロ・ペルティレは、いつもとは違う判断を強いられた節がある。
タイトな日程。テレビ放送などの制約もあるだろう。先ほど、”この決定はオリンピックという舞台においては仕方のなかったこと”と書いたのがこれだ。
二階堂蓮の「これがオリンピック。そう思うしかない」も、こうしたことを指していると思われる。

今大会でのスキージャンプ競技の最終種目であり、鳴り物入りで初めて世界にお披露目された新種目スーパーチーム戦。
もちろん最後まで試合が観たかった。
ただしそれは、どの国がメダルを獲るかに関わりなく。である。

参考までに、アプローチ不良により不公平が生じたと物議を醸した2019世界選手権の記事を上げておく。

内容的に、いくつかの部分においてはスキージャンプファンの間でも賛否は分かれるかもしれない。
ただ、一貫して言いたいことは、今回も含めてスキージャンプに関するこうした物議はバイアスがかかった意見が大勢を占めるということ。


スキージャンプ競技メダリスト一覧

女子個人ノーマルヒル

 アンナ-オディヌ・ストローム(NOR)
 ニカ・プレヴツ(SLO)
 丸山 希(JPN)

男子個人ノーマルヒル

 フィリップ・ライムント(GER)
 カツペル・トマシアク(POL)
 二階堂 蓮(JPN)
 グレゴール・デシュバンデン(SUI)

混合団体

 スロベニア
 ヴォダン、ラニセク、N.プレヴツ、D.プレヴツ
 ノルウェー
 ストローム、スンダル、クバンダル、リンビーク
 日本
 丸山希、小林陵侑、高梨沙羅、二階堂蓮

男子個人ラージヒル

 ドメン・プレヴツ(SLO)
 二階堂 蓮(JPN)
 カツペル・トマシアク(POL)

女子個人ラージヒル

 アンナ-オディヌ・ストローム(NOR)
 エイリン‐マリア・クバンダル(NOR)
 ニカ・プレヴツ(SLO)

男子スーパーチーム

 オーストリア
 ヘール、エンバッハ―
 ポーランド
 ヴァセク、トマシアク
 ノルウェー
 フォルファン、スンダル

国別メダル獲得数

国名
ノルウェー 2 2 1 5
スロベニア 2 1 1 4
日本   1 3 4
ドイツ 1     1
オーストリア 1     1
ポーランド   2 1 3
スイス     1 1

金メダルこそないものの、日本は4つのメダルを獲得した。
種目の増加もあり、その数は1998長野に並ぶ最多タイとなる。

今季の日本は、ワールドカップでもシーズン当初から好調を維持している。
その要因の一つとして、男子チームの作山憲斗ヘッドコーチの取り組みがメディアで紹介された。
従来とは異なり、日本チーム主導で強化を進めてきたという点が、その特徴だと。

では、何が従来とは異なるのか。
小野学の著書『ジャパンマジック』によれば、1972札幌の金メダリストの笠谷幸生は、かつて「真の意味でのナショナルチーム」を作ろうと試みたという。
しかし日本では、選手は企業チームに所属し、日常の練習や技術指導も各企業が担う。代表チームが選手を一元管理する仕組みはなく、理念と制度は噛み合わなかった。

その意志を引き継いだのが小野学。
当初は笠谷と同じくナショナルチーム主導の強化を目指したが、やがて発想を転換。
技術指導は企業チームに委ね、代表は情報共有や戦術整理、最終局面での判断に役割を絞った。企業チーム主導という日本独自の構造を、短所ではなく長所として受け入れたことが、長野での成功につながったといえる。

今回紹介された作山ヘッドコーチの取り組みは、この流れの延長線上にあるように見える。
企業に属さないプロ選手が増えたことも、代表チームのコーチが選手と直接関わりやすい環境を後押ししている要因の一つだろう。
このように、情報共有の速度やスタッフの関与の度合いは当時とは大きく異なるが、「個性を尊重したうえで、日本としてまとめ上げる」という思想は変わっていない。

1998長野に結実した「日本なりの答え」が、25年以上の時を経て、より洗練された形で再び機能し始めている。
そう考えると、今季の好調とオリンピックでの4つのメダルは決して偶然などではないと思える。